第8回:「宅経済」のグローバル化(上)

リン: でも私にはこの理論に、ちょっと反論したい部分もあるんですね。結局、密室はやっぱり、場所としてあるんですね、現実のどこかで。
だから、同じPS人なんですけど、なんというかな、思考の骨組みが似ていて、その骨についてある肉は違うはずのでしょう。自分なりの肉、つまり自分なりの経験や思想が持っていないと、ほかのPS人とも話ができないのですね。自分なりの何かが持っていないPS人は、PS人の中でも階級の中で一番下で、話し合いの場では「あなたなんか要らない外で待ってろ」という感じで。ってPS貴族はワインでも持ってPS3のビデオチャットでゲームの未来を語り合い、知識とテクニックを駆使して共に次世代のゲームを作り出し、PlayStation®Storeで世界中のPS貴族に分かち合おう、のような感じかもしれないんですね。
PS人だけど何も持ってないと、やはりその中には入れないというか、はじき出されると思う。何かがその地その場、その自分自身でしかないものを持たないといけないのです。そんな感覚で、やっぱり……話がずれますが、昔はこう、具体的なことはあえて伏せますが、いま私自身はVOFAN講談社との間に立って仕事をしていますが、こんな台湾のマンガ家や作家に対する、海外からの仕事の要請もいまに始まったわけではないんですね。小学館講談社もそういったケースがありました。でもそれがほとんど、作家自身が日本の出版社に招かれて、日本に行くのですね。そこにはちょっと違和感を感じてるわけですが。
渡辺: マンガを描きたいなら、台湾で作りネット経由で送って来るのではなくもう日本に来て、日本人になりなさいと。
リン: そうそう。でもね、日本人には最終的にはなれないのが実状です。給料ではなく原稿料をもらう形だと、ビザも下りてこないんじゃないかな。
けどね、たとえ原稿は台湾で書いてネット経由で送るようなやり方を取ったとしても、、そういう「日本に住んで日本向けのモノを作れりゃいいんだよ。台湾の読者なんてどうせ日本で作られたモノだったら何でもいいんだろう」みたいな感じが、そういう日本人の編集者が、やはり非常に気持ち悪いですよ。それだったら、もうその人が生まれた国が間違った、ということにして、てめえが彼か彼女のために日本の国籍でも用意してこいよ、と言いたいですね。
渡辺: 同じことを映画の世界によく感じるんです。アメリカの映画界で成功している日本人は既にたくさんいるんですよね、マットペイントの誰々とか、衣装デザインの誰々とか、日本人の名前はハリウッド映画のロールテロップの中にいっぱい出てくる。それは素晴らしいことだけれど、日本のコンテンツ力とは全く関係ない。たまたま優秀な人が日本生まれだった、ということで。
リン: アメリカという国自体のシステムがそれっぽいんで、そうなるのでしょうね。でもアレにね、自分はなんだか非常に違和感を感じるんですね。本当は、たとえば日本に住みながらも、まるでアメリカにいるような感じでちゃんと影響力が発揮できる、というのは、自分の中では理想なんですよ。
ちなみに講談社太田克史さんは、先ほど言ったそんな嫌な感じが全くしない人で、ちゃんとその国柄による「違い」を残せるようなやり方で付き合ってくれて……意図的なのか本人は天然なのかわからないが。そうしてもちゃんと日本のマーケットに成果を残すことができたのですね。今はアニメ化に乗って、世界のマーケットに向かって残していくのって、まあ、実際どうなるのかわかりませんが、期待感はたっぷりです。そんな彼のためなら、喜んで動くわけですよ私は。
化物語(上) (講談社BOX)

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例の成果。最新作はこちら
アニメは7月からということでPVを貼っとく。

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渡辺: 日本の面白いクリエーターが日本にいながらにして、その個室で熟成したクリエイティビティーをもってハリウッド映画に参加、みたいなことはもう、できるようになってると思いますけどね。そうでなければ、ほとんどの若者はやはり皿洗いから始めなくてはならないわけです。
僕は香港の映画業界は、90年代にそういう成功を見たような気がしたんですよ。かつては香港の優秀な人材はどんどんアメリカに移住していたわけです。それが映画製作にネットが使われるようになってから、香港のスタジオが、香港在住のスタッフを使って、普通にハリウッド映画に参加するようになりましたよね。ハリウッドのスタジオと太い回線で24時間つながって、距離を全くハンディにせずに仕事を進める、そういうシステムが出来ていきました。ただし、1997年までですが。
リン: 返還されてぶっ壊されたのですけどね。もったいないですが。
渡辺: ただ、ぶっ壊された後、中国映画のレベルが急激に上がりましたよね。あの時、何か大きな動きがあったんでしょうか。
リン: そう。香港の人はそのあとは、アメリカへ行くか、香港にいながら中国の仕事をするか、どちらかでした。映画はかなり、90年代からかなりそういうグローバルの展開はしてるんですね、別に国柄で限定するのではなくて、いろんな人がこう、いろんな国から集めてきて、一つの何かを作っていて、また世界に還元していく。理想の形はまだ、たぶん、あとちょっとでできるかもしれませんが、ちょっとまだ、なんか違う部分があるんですね。でも一つの方向性としては、もうすでにそこにあると思いますが。
渡辺: マンガとか小説も、リンさんのような人ががんばったら、出来ませんかね、そういうシステムが。
リン: そういう可能性があり、輪郭さえも見えるような気がするんですけど、いやぁやってみたらなかなかむずかしいんですね、言葉の壁が厚いんで。映像と音楽の方はまだそれをぶっ壊すのが簡単かもしれませんけど、文字のみがね……まあ今はそういうチャレンジをしてるところですね。
渡辺: 日本でも前出の太田さんなど、がんばってる人はいます。踏ん張れば、ハリウッドに負けないようなコンテンツの源泉になりえると思います。システムが出来れば、クリエーターも元気づくんです。今ここでがんばれば、それは世界の人々に読んでもらえるかもしれない、ということが。
リン: 『ジョジョの奇妙な冒険』の中で「スタンド使いは自然に惹き合う」とか、『キャプテン翼』の中で「サッカーを続けていれば、きっとどこかで会える気がするんだ」みたいのはね、それはたぶん、キーワードになると思うんですよ。最終的に国境を取り壊してなんか一緒に作る人は、いずれ出会うと思いますね。いずれというか、もうちょっと早くなるかもしれない、早くなると思いますけど。
ジョジョの奇妙な冒険 32 (ジャンプコミックス)

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現にこんな感じで、こうやって私は太田さんと出会ったし、渡辺さんと出会ったし、太田さんは韓国でもうひとり面白い人と出会えたようですし。そういう人がどんどん集まってきて、何年後でたぶん何かが変わる、変えられるとは、ちょっと理想な部分も入ってるけど、信じてますよ。
渡辺: まさに僕は「ひらきこもり」って言葉をそこに置きたいです。僕はもともとSF作家で、それもサイエンスフィクションではなく、シムフィクション、つまり近未来をシミュレーションする、いろんな思考実験をするっていうことが立脚点なんです。そこでパソコンとネットで人間はどう変わっていくのを考えていった時に、やはり、個人が直接的に世界とつながっていくこと、そして個人の幸福が世界の幸福に直結する、そういう「地球脳」の状況を想定していたわけです。
そこに至るプロセスとして、例えば国境が破壊されていくとか、情報や貨幣の意味が変わってくるとか、そういう大きなことが起きれば起きるほど、個人の力が重要になってくんだ、と。
つまり、脳の中で脳細胞どうしが神経パルスで交信したり神経節を伸ばしあって相互接続したりするように、個人と個人が、それぞれの特質や志や発信情報によって、自然と引き合い、つながり合う。そういう引力が、「ひらきこもり力」の本質だと思っているわけなんです。


【つづく】


渡辺浩弐×林依俐 
対談・「宅」の密室からつなぎ合う世界へ
次回「「宅経済」のグローバル化(下)」は
2009年6月22日更新予定です
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