第12回:教育はどう変わる(下)

リン: スピンアウトというと、実際うちの、全力出版で作品を発表するマンガ家の子の中で、高校中退の子がいるんですよ、張季雅という女の子で。
雅ちゃんは頭が非常に良くて、実際も優等生、高校ではその地域の第一志望校の文科系、文系の成績上位クラスにいたんですよ。別に、成績が悪くなったから学校辞めたいとか、いじめられたから学校辞めたいとかのではありません。もっと現実に家庭事情で経済的には大学の学費を払うのがやや無理、なので「大学行かなくてもいいじゃない私」という考えを持ったのですね。
マンガがすごく上手に描けるので、マンガ描いて食べていきたいから担当の先生と交渉にしにいったのですね。「先生、私大学に行きたくないです」「えー、成績がこんなにいいのに行かないともったいないんです」「いや、行ったらもっともったいないです。うちはお金ないですので」「そうか、わかりました。大学行かなくていいですよ」と、学校サイドの了承も得たのです。
張季雅が15才の時に描いたマンガ。
在学中参加していたマンガ研究部の、その年の部誌で唯一のマンガ作品
(みんなイラストしか提出していなかった)。
当時はまってたジャンプ系の日本マンガに強く影響され、
また中国語のオノマトペは見たことがなかったから、全部日本語で描いたという。
かと言って擬音の意味を把握して使ってるわけでもなく、所々不思議な表記が。
(「ガーソ」とか…正しくは「ガーン」)
分割されてるので後半はこちらへ(リン)
でもクラスのみんな行くんですよ、彼女だけ行かないんで。そういう進学校は二年の後半から、もうすべての授業は大学進学用の授業や復習になってて、しかもそのクラスは成績上位の進学クラスなので、もうなおさらなんですよ。「でも私、大学へ行かないのに、一緒のものに勉強してもしょうがないし……別の何かが、特別の、というか大学へ行かない人のための授業がないんですか」と聞いたら、ないですよ!学校にはないんです。
「あなた一人のためにそれをやるわけにもいかないわけですので、参加しなさい」それでなんか確執が発生してて、季雅ちゃんはこう、学校をサボるようになりました。
渡辺: それ、すごく勇気のある選択ですね。
リン: 若いね、純粋だね、と思いますね。でも先生も別に叱ってるわけではないんですよ。「本当にすみません、学校はそんな課程を用意できないんです」と。それでどうしてもうまくいかなくて、家に帰って相談して、学校をやめてもいいですかって、親の説得を試みたのですね。
親御も、なんというか、すごい心の広い方で、雲林県で、お茶を作ってる親御さんですよ。季雅ちゃんの意思を尊重し許してあげたって。
そのあと学校を辞めて台北に来て、保母さんとかのバイトで生活費を稼ぎながら、マンガで食っていけるかというのを試してきたんですね。
渡辺: そこでとことんマンガができると、いいなぁ。
リン: そうですね。それだからか、彼女は20代と思えない、あ、その時は20代じゃなくて、17か18ぐらいの10代後半ですね。10代後半だと思えない画力と、物語の構成力を見せてくれたのですね。持ち込みを見た時には腰を抜かしましたよ。たぶんそれも完全にマンガに集中できたからと思うんですね。
ただまあ一つ、本人は、心残りっていうのもあるし、こちらから見るとそうだし。17、18って、もうちょっと同年代の友達としゃべったりだべったりするべきだったかもしれませんね、それも少し作品に反映するんですけど、親や兄弟に対する感情はうまく描けるけど、同年代の人間関係の変化をね、なんかいまひとつしっくりこないのですね。
渡辺: 本来はね、学校はそういうことを教えてほしい、受験のための勉強より、ね。
リン: で、面白いことに、彼女はまた自分で探したのですね。それを補うようなものを。
渡辺: へえー。
リン: 野球が好きなので、野球場へよく行くんですね。野球場へ観戦しに行ったら、同じファンの方々と交流して。だから彼女は同年代の人より同年代の人と一緒にいる時間は短いけど、違う世代の話をいっぱい聞けたのです。50代の人に話を聞いて古株ファンの心境を知ったり、30代の人が経験する職場の感覚が掴んだり、いろいろができたんですね。そういうコミュニケーションは……おまえ前後話が矛盾じゃないかと言われるかもしれないんですけど、学校以外もいろいろやり方あるんですよ。だが何か言いたいというと、やっぱ同年代と一緒にしかできないことは、やっぱ学校にはあると思いますし、そこを大事にしてほしい。
渡辺: むしろそっちの方を大事にするべきなんだけれども、やっぱり勉強が……
リン: 勉強そのものは、逆に外でやった方がいいです。家の中にこもっても、野球場へ行っても、その気になればいい勉強はできる。
渡辺: 今はあらゆるテーマについて専門書が出ていて、ずいぶん希少なものでもネットを使いこなせば手に入る。様々なデータが、ネットにも上がっている。
リン: 季雅ちゃんの話まだ続くと。結局学校では勉強できなかったことは、野球場で勉強できたんですね、しかも世代越えて。で、彼女との最初の作品は、描きたいテーマがありすぎで、ネームがなかなか進まなかったのです。なので私は、こう、リクエストというか、課題を与えてあげないと進まないな、と思ったのです。そこで彼女に何を描いてほしいと考えていると、『私を野球場に連れてって』という唄を思いついてね。
渡辺: 『Take Me Out To The Ball Game』ですね。
リン: そうですね。あの曲名をこう、タイトルかメインテーマで、何か描いて、短編の、と。主人公は二人で、そのうち一人は障害持ちか何かしらの原因で走れない、もしくは野球場へいけないという、ちょっとした制限も与えて、やってみて、って。そして彼女はなんとグーグルのベースボールのフォーラムみたいなところで、英語で、まあ文系の優等生ですから、英語で質問を書き込みをして。「あの曲を聞くと、なんか思い出ありませんか」って、と直接アメリカ人に聞いたのですよ。
渡辺: あの歌、球場で、一番盛り上がる七回始めのタイミングで立ち上がって合唱するんですよね。アメリカ人なら、たいていみんな、何か思い出があるんでしょうね。

七回始めの合唱を撮ったホームビデオ映像。
リン: そして17か18ぐらいのコメントがついてて、そこからまた情報を集めて。
渡辺: 面白いですね。すごいですよ。個室から世界とコミュニケーションするんじゃないんですか。
リン: そうそうそう、本当に素敵すぎで。しかも季雅ちゃんは、そのコメントを転送で送ってきて「編集長見てください」って。編集長の英語がそんなに上手じゃないから、はっきり言って半分ぐらい読めないんですよ。恥ずかしいです。19才に負けた!というのがすごいありましたよ。
それで完成した19才の時のデビュー作。
共に野球観戦が好きで、いつも一緒にいる親友が、
急に白血病の発症で野球場どころか外も出れなくなった。
重い病気だと知らずに、またすぐ一緒に野球場へ行けると思っていたが、
症状が進んで2人の友情に影を落とすことに…
と。改めてあらすじを書き出すと、19才にして暗いテーマを扱いますな…(リン)
渡辺: そういう方法論っていうのは、今のほとんどの教師は持ってないんですよね。
リン: そうですね。彼女の高校時代のクラスメートはみんな、すごくいい大学に入ったのですが。いま現在に限っていうと、彼女の方がずっとうまい具合に社会に溶け込んでる、そして社会で生きていくスキルは持っているんです。学校でははみ出し者なんですけどね。
渡辺: そうそう、まさに「ひらきこもり」です。そういう人が主流になっていく時代が絶対もうすぐ近くまで来てて、資本主義の崩壊だとか学歴ステータスの崩壊というのは、そういうことだと思うんですよ。ある視点から見ると崩壊しているように見えるわけですけど、別の視点から見ると、新しいパワーがバーンとこう、勃興してきていることがわかるんですね。
リン: なので、一つ……学校に対する考え方は、まあ広く言っちゃえば会社に対する、組織に対する考え方を変えなきゃいけないと思いますね。季雅ちゃんは将来、たとえ全力出版が潰れて、彼女はどうしてもマンガ家として食っていけなくても、たぶん今の、昔の高校時代の同級生より、ある意味就職しやすい部分があるんですが、給料はそんなにもらえないかもしれないけど。
渡辺: そうですね。これから求められるのは、そういう人たちだと思う。
リン: 法律学科やメディア学科に進学したらしいですね、季雅ちゃんの同級生。今は大学三年生かな。これからの就職難に遭遇する予備軍ですね。特にメディア学科は出てきたら何をするかというのは、もう非常にいま危ういですよ。法律学科の人は弁護士になるのもまた何年ぐらいかかると思いますし。でも季雅ちゃんは一ヶ月でだいだい二〜三万元、普通にサラリーマン並みの給料が稼げる。その額をもらえるスキルが持っています。季雅ちゃんの方が社会に適してるんですね。
台湾は学歴社会で、家庭の経済状況が良くなく、学費が負担できないから進学をやめた人を、「かわいそう」と言って哀れの目で見るのが多いけど、本当に家庭の経済状況が良くないこそ、進学をやめるべきです。勉強はどこでもできるものです。もし生活の水準や仕事の効率を改善するための勉強なら、なおさら学校にはない。
早く社会に出て稼いで、経済状況を改善してから学校に戻ればいいのだと言ってやりたい。社会での経験を持っていたら、学校での勉強ももっと効率よくできるはずです、特に大学ではね。
そして、いつもアクティブな季雅ちゃんを見ると、なんというかな、「ひらきこもり」というのは別に密室にこもってるわけではなく、むしろ密室を中心で、いろいろ回りに行って、またその秘密基地みたいなところに戻って、そこからまた追求していくことだな、と思いますね。
渡辺: 自分の好きなことを追求していくんですね。
リン: そうそうそう、そうだと面白いですね。
渡辺: でも、旧世代からの圧力はやっぱりすごくあるはずです。変化を認めたらつぶれてしまう学校はたくさんあるし、職を失う教師もたくさんいるんですね。だから自分たちを守るために「学校をやめたらやばいぞ!生きていけなくなるぞ」と、脅すわけです。あるいは逆に「まっとうに進学して、卒業すれば大企業に入れる、大企業に入ったら一生保障される」なんて。


【つづく】


渡辺浩弐×林依俐 
対談・「宅」の密室からつなぎ合う世界へ
次回「エリートコースの崩壊」は
2009年7月27日更新予定です

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