第9回:「宅経済」のグローバル化(下)


これから文中に出てくる「チョコちゃん(chocolate巧)」です。
多才で台湾の同人界隈ではかなり有名なコスプレイヤーでもあります。
この写真は本人の許可を得て、自主制作のフォトコレクションDVD
Fantasy Earth Zero:chocolate』から引用したものです(リン)
リン: で、それはまた世代によって……さっきなぜ「もっと早くなるかもしれない」と言ったかというと、父の時代だと、出会うだけでたぶん20年ぐらいかかるんですよ。また出会っていても、連絡を取り合って信頼を持つようになれるのは、また10年ぐらいかかるんですね。なぜかというと、大事なことは面談で、ちょっとしたことは電話で、その世代はそういう感覚で物事を動かしているのです。時代遅れだというのではなく、その感覚を持てる人では合理的な行動だと思ってます。
でも私たちの世代になると、大事なことでも電話で話せるんですね。もっと大事なことじゃないと面談しない、なわけで、結局頻繁に移動しなくても、ほとんどのことは電話で済ませて、移動の時間やコストが省けるようになります。それは私たちにとっては合理的で、さらに下の世代になっちゃうと、大事なことでもメールでMSNメッセンジャーで、となる。他人とのつながり方、他人との距離を感じ取る感覚が変わっているわけです。
ここで一つ例を挙げてみると、うちのスタッフに1984年生まれの女の子がいます、みんな「チョコちゃん」と呼んでますね。チョコちゃんはあるオンラインゲームを三年以上やってて、そこでいろんな遊び仲間ができちゃうわけ。2008年の年末イベントは、ゲーム内の仲間たちと夜11時ゲーム内の埠頭で集合し、システムの年末イベントである花火ショーを見てから、一緒にゲーム内の温泉、サル温泉に浸かりに行こう、そこで一緒に新年を過ごそうっていうのね。
私が最初MSNメッセンジャーの表示メッセージでチョコちゃんのこの予定を見た時にも「なにこれ」と一瞬思ったのです。まあ違和感は感じるんけど、なんとなくわかるんですね。しかし10才ぐらい上の友人とこの話をすると「さびしいじゃないの」と言われたのね。現実に友達がいないから、オンラインゲームの中で新年過すのだろうっていう。でも実際は違ってて、チョコちゃんは現実でも友達たくさんなのです。
学生時代の友達、コスプレや同人活動に通じて出会った友達、
オンラインゲームでの知り合いオフ会も主催したりする、ライフはなにかと充実。
チャットはいつもオンライン中でも、
コスプレ写真の撮影会などで外でもよく出かける元気な子(リン)
それと当の本人はもう二、三週間前から楽しみにしてるんですよ、「サル温泉♪サル温泉♪」と、「みんな一緒に行くんだよ♪楽しいよ」っていう感じでしたね。彼女にとって、台北の若者の集まるスポット西門町あたりで集合し、台北101ビルの花火ショーを見て、それから映画を見にいったりするのと、オンラインゲームの中の埠頭で集合してみんなでサル温泉に浸かりにいくっていうのが、実は同じような感覚ですね。「みんな一緒だ」という感覚は、彼女より20才ぐらい年上の人と全く違うという。それを見ると、さっきの出会い、連絡、そして何かを作るスピードはさらに加速というか、想像も追いつけないものすごいスピードで回っていく可能性がありますね。

仲間一同が埠頭で集合し、共に花火を見る映像。


サル温泉に到着後、サルと一緒に温泉をつかりながら、
仲間それぞれ自分の楽器を取り出して奏でる映像。
渡辺: それは気持ちいい話です。地球の裏側の人でも一緒に参加できるわけですね。
リン: そうなんですよ。面白いのは、アメリカ人というか、アメリカに住んでる台湾の友達、というかユーザーでも、時差さえ調整すれば、一緒にサル温泉へいけるんですね。
渡辺: とても健康的なことです。けれど、その状況を見て眉を顰めてしまう旧世代の人々もまだたくさんいるんでしょうね。新年そうそうひきこもってパソコンに向かって、不健全だって。なんで家族や学校の友達と一緒に過ごさないんだ、って。
リン: そうそうそうそう、なぜ家族と一緒に過ごさない、なぜ実家に帰ってこない。
渡辺: でも、どう考えても今までのシステムの方が不健全なんです。
たまたま同じ地域に住み、たまたま同じ年齢に達している子供たちが、それだけの理由で数十人ごとに一つの部屋に毎日強制的に集められる。そして、同じ科目を同じスピードで一斉に学習させられる。おかしいでしょう。ネットのない時代はそれしか方法がなかったのかもしれませんが、今はもう、そんな無理なことをしなくてもいいインフラはできているんです。
家族という制度だって、同じです。お正月は家族で過ごす、という固定概念は崩れるはずです。たまたま同じ家に生まれたからと言って、趣味や志向が違うなら別々の過ごし方でいいじゃないですか。同じ初日の出を同じ場所で見て、同じようにお祈りする必要はないんです。
こういう考え方を絶対に許容できない人はいつまでもいると思いますよ。でもね、戦ったり説き伏せたりする必要はないんです。無視して、面白いことをどんどん先にやっちゃえばいい。
遊び方だけじゃなくても、仕事の仕方もね。例えば編集者でも、古いタイプの人はどうしても、まず「とにかく、会いましょう」ということになるわけです。メールで、とか、電話で、と言うと「電話でそんな大事な話はできないでしょう」なんて怒ったりする人もいる。そういう人は、例えば日本にいて台湾の作家さんとは一緒に仕事できない。どうしても、日本に来い、ということになってしまうわけですね。
けれど、例えばの話ですが、リンさんとそのオンラインゲーマーのチョコちゃんは、会社で隣のデスクにいてもメッセンジャーで会話をする、って聞いたことがあります。
リン: そうですね。
渡辺: それって年長の人に言うと笑い話になるわけですよね、どこまでおたく気質なんだ、って。けどね、よく考えてみるとそっちの方が仕事効率はいいんですよ。無駄がなくなりますし、ちゃんと日付時刻と一緒にデータが残りますし、そのログをあとで検索もできるし。
年輩の編集者さんに呼び出されて仕方なく会って話すと、実は結構実りがないんですね。天気の話とか雑談が異常に多くて。
「今日はなんだかわかんない話で終わっちゃったけど、会ったからまあいいや」ていう感じで、なんとなく仕事したつもりになっちゃってるんですよね。
リン: はいはいはい。忘れた、知らない、聞いてないよって言われるね。かといって全部録音するわけでもいかないし。
渡辺: だから新しい世代は旧世代の方法論を全部すっ飛ばして、一緒にどんどんやっちゃうよ、っていう風にもう言っちゃってもいいような気がするんです。
今のこの世界恐慌は、古い資本主義が崩壊していることだと考えると、新世代にとっては大きなチャンスなんだと思うんですね。
リン: そういう角度から見ると、まあ日本も進んでると思うんですが、台湾の方は、この、感覚の変わりは、たぶんもっと進んでる気がするんですね。中国はもっともっと。それは、やはり、古いやり方が根付いてるかどうかと。日本は幸せというか、幸運であって不幸ながらも、いろんなモノの根がすごく強く張ってるんですよ。急に抜けないんですよ。
渡辺: 日本は戦後60年の洗脳を脱却できるかどうか、やっぱ大きいですよね。
リン: いやいや、そこまで否定的な意味ではないんですよ。今言ってるのは、例えばまあ、LD時代があったんじゃないんですか、DVDが出た時には、LDの人はもう頑なに反抗してたじゃん。そんな感じなんですよ。「昔LD見て楽しかったよ」という記憶が、DVDの新しい流れに適応することに妨げるのだけではなく、示した可能性さえも見えなくなる、と。でも私は、んー、そんなにダメとか、否定はしたくないんですね。むしろその思い出を残して活用しつつ、将来の何かとうまくやっていけば……と思うのですが、なかなか難しいですけどね。
渡辺: なかなかね、LDを三千枚ぐらい持ってたら、捨てられないんですよね。
リン: そうそう、三千枚も持っていたら、「いまDVDの方がいいですよ」と言われてもさあー、という部分があって。台湾は、そういう例を沿っていくと、たぶん三枚ぐらいしかLDが持ってないから、DVDがあれば飛びつくんですね。
渡辺: 中国にはLDはないんですよね。だから身軽です。
リン: そうですね。
渡辺: 昔日本でも、電気が使われるようになって、電線が敷設され始めた頃、明るくしたいならランプとかあるのに、温かくしたいならかまどに火を焚けばいいのに、なぜ電気なんてわけのわからないものがいるんだ、という声があったそうです。電線なんてものを引くとそれを伝って山からサルが下りてきて村を荒らしたらどうするんだ、っていって反対運動を起こそうとした人たちもいたそうですよ。
やっぱり電気のせいで変えなければいけないことや捨てなければいけないものはたくさんあっただろうし、失業する人もたくさんいたはずです。けれど、そこで勇気を出さなければ、負けちゃうんですね。
これは自分にも言い聞かせてるけど、やっぱり40才とか50才になると、しがらみがいっぱいあるんです。LDとか紙の本とかそういうものばかりじゃなくて、苦労して覚えてきた仕事のスタイルとか、築き上げてきた人間関係とかね。デジタル時代の入口でそういうものをすべて一度捨てなければならないのは本当につらいんです。けれど、やらなくちゃ、死んじゃうわけです。いったん無一文にならないと。


【つづく】


渡辺浩弐×林依俐 
対談・「宅」の密室からつなぎ合う世界へ
次回「楽して儲けるスタイル?」は
2009年6月25日更新予定です
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