第6回:中国の強さとは(上)

渡辺: 会社作って大きくして株式公開して自社ビル建てて、というようなダイナミズムじゃなくて、いきなり個室から世界につながるみたいなことになった時に、なんかやっぱりそっちでの面白いことがいっぱい起こると思うんですけど。アジアで、そういうことが起こっていくとしたら、どのあたりからなんでしょうか。
リン: そうですね、先ほど日本に賭けると言ったのと矛盾するように聞こえるかもしれないんですが、正直、日本や台湾を中心でそれが起きる、というイメージで自分を完全に説得することはできないんですね。結局、やはり中国を中心に起きてしまうのだろう、と。
未開地域が多く、資本主義を敷いていくにはまだまだスペースが十分な中国だが、その閉鎖空間から世界とつなぐ時には、逆に資本主義のシナリオを打破、無視する様態になってしまう感じがします。
なのでその「つなぎ」が起こっていくとしたら、中国と台湾の間とか、中国と日本の間とか、中国とマレーシアの間とか、でしょうか。なぜか「間」でないと起こらないと思うんですね、渡辺さんの言う現象は。文化的な摩擦がないと起こりえないような気がしますけど、そんな気がする根拠はいま思いつけないんですが。
言い方は悪いんですが、台湾は日本の乳を吸って大きくなって、その後はアメリカの脛をかじってさらに育っていったわけですね。その過程で、例えば電話は黒いダイヤル式電話から、色つきのボタン式電話、FAXつきの電話、で、今の携帯電話といった具合に、だんだんと小さくなっていくその過程は持ってるんですね。ちゃんと世界とともに戦後の60年を歩んできたから、日本とアメリカとの文化の摩擦が少なく、日米からみると「話のわかる相手」ですね。
しかし中国は台湾と違って、電話のないところにいきなり携帯電話が入ったわけです。本屋さえないところに、急にインターネットカフェが。中国人からすると普通なことでも、日米からみると自分の体験することのない、ありえない異常現象です。しかし、それが中国の「次の時代に対応する能力」の強さになるのです。
出版に限って言っちゃうと、アメリカとヨーロッパと日本は、たぶん世界三大出版システムとして、完成してるわけです。それぞれ自分のやり方が、たぶん20、30年前にはもうすでに固まってたんですね。どう製造して、流通して、売っていくかという、方法と役割がほとんど決まってて、あとはもうマニュアル通りにやっていけば回せる、業界が一つの大きな会社みたいな感じになってるんですね。
でもこの三つとも、固まる前にはネットがなかったんです。なので、今ネットの出現に対応するには、ものすごい痛みが伴うことになるのです。手を切って足を切って、代わりにサイボーグのパーツをつけないといけないんです。その前に切るのが手なのか足なのかでもういっぱい悩み種がありますね。そしてそのあとは痛みをこらえてリハビリをしていたら、実は適合していなくて、またもう一回切るところからやらないといけない、そういう可能性も、あるんです。
ただ中国は違って、ネットのある今でも、その出版システムはまだゼリー状の混沌なんですね。特に流通は全然固まってないんです。でも、もし近いうちに中国が固まってきたら、もう完成形なんです。きっとなんか飛びぬけた、日本かアメリカから見ると「なんだそのやり方は」っていう、しかし一番「今」に符合するものが、出てくるのだろうと。中国の出版界がネット小説を重視しているところも、もうほかの国とは全然違いますね。雑誌での人気投票、売れっ子作家の作品を載せて新人作家を引っ張っていくなどのやり方を飛ばして、いきなりもうクリック数でですべて決まるという感覚。
もちろんアメリカや日本も、10年後、今の10代か20代が、20か30代になった時には、それもいきなり全然違うやり方でやれちゃうかもしれないですけどね。今の10代、20代の感覚は、はっきり言って50代の人と全く違うんですから。
渡辺: やはり次の時代、中国が強いんでしょうか。うーん。しがらみのないところでいきなり、新しい波が乗れちゃうところは、とてもうらやましいんですが。でも今はやっぱりそれがあまりにもデタラメすぎるってことで、各先進国と間で大きな軋轢を生んでいるわけです。
僕もコンテンツを作って、それで食っている人間ですから、中国の現状を見ていててびびることもあるんですね。僕の原作アニメを中国に持っていこうとしても、なんだそれなら中国ならもう字幕もついて全部ネットで見られるよ、なんて言われたりとかね。
リン: アニメだけではなくドラマもありますよ。サイト名は伏せますが、というか複数ありますが。この間『世にも奇妙な物語春の特別編2008』を中国語字幕付きで視聴しましたよ。渡辺さん原案の作品も含めて。上げられてきたのが放送されて一週間ぐらいかな。
渡辺: この間リンさんと講談社太田克史さんと一緒に中国へ行った時に、やっぱりあれは意図的にやっているんじゃないかと思ったんです。そして、もしあのやり方が国家的な戦略だとしたら、とてつもなくおそろしいわけです。
ファウスト Vol.7 (2008 SUMMER) (7) (講談社MOOK) (講談社 Mook)

ファウスト Vol.7 (2008 SUMMER) (7) (講談社MOOK) (講談社 Mook)

「一緒に中国へ行った時」というのは2007年5月の「中国国際動漫節」の取材で、その取材の成果は『ファウスト』Vol.7に収録してあります。渡辺浩弐さんによる「中国国際動漫節レポート」と、渡辺さんと編集長太田克史氏との対談「カルチャー・ビッグバン発生中!」にはより詳しい内容があります。レポートでは私の撮った写真を何枚か使ってくれてます。読んでね^_^(リン)
国としては今、デジタルコピーできないもの、すなわち野菜とか工業製品とか、そういうものを、低価格で大量生産することに血道を上げていく。一方で、著作権の価格はゼロに設定しておく。著作権フリー特区のような状況ですね。
その間はもちろんオリジナルのコンテンツは生まれないし、クリエーターも育たない。その代わり一般大衆はコンテンツを無料で大量に消費することができる。それで、民度は最高速度で上がっていく。そして、時機を待つ。コンテンツの価値を大衆が理解して、その中から、オリジナルの新しいものを生み出す才能が出てくる時機をです。
そして、その時ついに、それが正当にお金を集める仕組みを稼働させる。
次の時代、物質の価値がどうで、情報の価値がどうで、人々はそれらをどう生産して、そこでどうお金を稼いで。そして、どう幸せになっていくか。そういうことを、頭をいっぺん真っ白にしてゼロから考えると、このやり方が実に有効に思えてくるわけです。
必死でコンテンツビジネスをしている方々にはなかなか言えないことなんですが、中国の、ものすごい数の若者に、日本のマンガやアニメを理解してもらっているのも、現在までの無法な状況ゆえ、とも考えられるわけです。

リンのコレクションである中国で購入したWiiソフト。
パッケージの表紙のカラーコピー1枚でCDを挟み、ビニール袋に入れて完成…!


1枚3元か5元だったようで、よく覚えていない。

その先いつか、正当なコンテンツビジネスができる国になるという可能性も、しっかり感じるんです。ただ、そのプロセスは簡単ではない。中国に対して欧米スタイルの著作権モラルをいきなり押しつけようとしても、土台無理なわけです。
かといって国家や企業としては、中国を特別扱いするわけにはいかない。例えばディズニーに象徴される著作権ビジネスも、過去百年以上にわたってしっかりと築き上げられてきた資本主義システムの一部ですからね。どの一端も崩せない。それがもし改良や改善だって、既存の権威側としては許すわけにはいかないんですね。
政府どうしや企業対企業では、どうしても無理なんです。こういうことって正論でぶつかり合っても答えは出ない。「法を守れ」と言っても「そんな法は知らない」って言い返されるわけですから。
けれど、こないだ中国で、コスプレイヤーの若者達と『デスノート』とか『バイオハザード』の話で盛り上がった時、こういう共感を延長させるところから、良い方向に行けるかもしれない、と感じたわけです。同じことに感動するよね、同じもので感動して価値を感じるね、みたいなことで、直接つながることができたらいいなあ、と。

当時の「中国国際動漫節」の会場で撮れたシュールな1枚。
並行で開催したコスプレコンテスト「COSPLAY超級盛典」を、
全国大会まで勝ち抜けてきたチームなだけに、レベルが高い
(注・おばあちゃんはコスプレイヤーではありません)

そこで新しい法体系を提示しよう、というわけではないです。もっといい加減な考えなんです。偉い人や怖い人はほっておいて、僕らだけの原っぱで遊ぼうぜ、みたいなね。例えばマンガ好き同士でざっくばらんに話せば、ああいう人に描いてもらいたい、こういう作品を読みたい、という話に当然なるわけです。じゃあ、優秀な人に新しい作品を描いてもらうには、どうすればいいか。ネットからダウンロードしてただで読ませてもらってるばかりじゃだめだ。たとえば好きな作家にネット経由で励ますだけじゃなくてみんなで投げ銭みたいな形で支払って、それで次の作品を描いてもらうなんて、どうだろう……そんなふうに、自然と考えていけるわけです。
個々の作品や作家について、情報や意見のやり取りみたいことは、もう国境を越えてできるようになってる状態です。そこからさらに一歩進んで、「おたくさぁ」的な仲間意識が持っていけるかどうか。日経新聞を読んでいるお父さんより、同じアニメ雑誌を読んでいる上海の陳くんとの方が僕はよく話をしているよ、というような世界に、僕は健全性を感じるんです。
なんかディズニーをパクッて遊園地作ってるとか、『クレヨンしんちゃん』のコピーが大量に出回ってるとか、そういう状況をふっとばすくらいの健全性をですね。
リン: 実際、自分の感覚だと、50才以上の人と、30才以下の人は、理解はあるんですよ。たぶん問題はやっぱりその間、ちょうど渡辺さんのような世代が、わかってないと思うんですよ。渡辺さんはかなり特殊だと思いますけどね。


【つづく】


渡辺浩弐×林依俐 
対談・「宅」の密室からつなぎ合う世界へ
次回「中国の強さとは(下)」は
2009年6月4日更新予定です
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