第5回:台湾から見る世界の今(下)

渡辺: 世界的にも、重工業の発展が頭打ちになった時代ですし。
リン: 90年代をまたがる李登輝時代は、民主化とか本土化とか、総統の民選を推進した政治的に評価されることが多いですが、自分もそれを否定するつもりはないんですけど、あの時期はまったくと言うほどインフラ整備がしてなかったのですからね。というよりインフラ整備案として提出された「六年国建」は大量の国債しか残ってなかったのです。何もできていないのにね、お金だけがどこかへ消えて。
その後の陳水扁時代は、さらに泥沼化した政治と狂ったマスコミに振り回されてしまい、福祉政策と称して民衆に金ばら撒いて有権者の支持を獲得しましたが、基礎建設を長い目で見れなくなって、即効性がなければやらない、やるとしても即効で成果がほしいから適当にやって、中途半端なものがほとんどでした。
革命だとか改革だとかばかり追いかけて、結果的によりどころを失い、こだわりも無くしてしまった感じがします。
一方、中国との関係がこの10数年うまくいかなかったのも、台湾の00年代での発展を非常に狭めました。李登輝時代の初期はまだ蒋経国時代の名残りがあって、中国との会話をしていましたが、そのあと1999年李登輝の「両国論」で破綻して。台湾独立を挙げてた陳水扁時代ではもう完全に断絶してしまいました。

5:45から、李登輝がDeutsche Welleのインタビューでの
「特殊な国と国の関係」発言が聞けます(中国語)
そのあとは当時のアメリカ大統領クリントンと、中華人民共和国主席江沢民のコメントが続く。

1998年から2008年の十年、それがちょうど90年代後半から00年代に入って、中国がすさまじい発展を見せていた時期ですね。しかし中台関係が完全に冷凍状態ですから、中国への投資は人員と技術と資金の流失につながる売国行為だと、法的に制限や禁止されてました。その十年間の対中国貿易要衝の座も、このような政治の原因で、あっさり香港に渡してしまい、中国が急成長するこの十年間で、台湾はもっと金を儲けてもいいはずだったのに、儲からなかった。香港はウハウハでしたけどね。
これもね、台湾の企業、特に80年代から推進して成果の見せたハイテク産業に、非常に圧力がかかる。なぜなら台湾のハイテク産業の実態は、やはり人力密集の加工業が大半ですから、コンピューター部品をより多く作るのは、より大きい工場でたくさんマシンを揃えていっぱい操作員が必要で……そうそう、まさに先ほど渡辺さんの仰った、土地面積に比例して、価値に置き換わる資本主義の体現ですよ、体現しざるをえないのですよ、それが台湾のハイテク企業の正体なんです。高付加とは言え、人力密集ということが変わらない。
比較的に人件費のずっと安い中国の人力が使えない、商品の運搬や、人員の移動は香港経由でやらなくてはならないということは、イコール競争力を大きく削ぐことなのです。なんだかアメリカに純粋培養された資本主義が、ここ十年は強引に社会主義に切り替えようとも見えますね。慣れないことして傷つくだけなのに。
渡辺: うーん。皮肉な話ですね。
リン: そう皮肉なことに、中台関係が悪化した前の90年代前半で中国に飛び出して、製造ラインをほとんど中国に置いてある企業、EMS(電子機器の受託生産)が中心事業の鴻海精密(ブライド名は「フォックスコンFOXCONN」)は、中国の発展の波に乗り急成長し、世界最大のEMS企業になりえたのです。実体は九割も中国にあるのに、本社は台湾に置いてるから、「台湾最大の事業クループ」と政府の役人も嬉々と語るのですよ。あのようなバカな中国への投資制限をしなければ、このような事業グループが、もっと台湾から出てもおかしくないと思いますけど。
ベアボン R11S4MI-BA

ベアボン R11S4MI-BA

こういうのとかいろいろ作ってます。
日本での評価とかはwikipediaのフォックスコンにでもご参照

でもね、金儲けの絶好のチャンスを、指をくわえて側で見るなんてできないのが台湾人ですよ。法的に認めないのならこっそりと投資する、とかやり出してね。失敗した人はもちろんいるが、儲かってた人もたくさんいます。しかしこれは法的には許さない投資なので、儲かった金は台湾に持って帰ってこれないのです。中国の経済成長に影響されて香港とシンガポールも景気がよく、金融業も発達してね、台湾では置けないお金は、香港やシンガポールに持っていって、世界中に隠してしまうのです。そんな透明人間、ではなく、透明になってしまった個人資産が、およそ3000億から6000億ドルだと推測されてます。今度の金融危機でだいぶ減ってしまったと思いますけど。ちなみに幸いうちはそんな投資の仕方はしてませんので、あまりダメージ受けてません(笑)
ただ台湾自体の資産は、台湾人の個人資産ほど資金がグローバル化していなかったのです。政府の財務体質も良くないし。それで、台湾が今度の金融危機の中でもかろうじて生き残れたのですね。しかし十分にグローバル化していなくても、やはり世界経済の構造の中には組み込まれています。頼りに頼ってた外資が、台湾の株式市場から現金をガンガン回収して株は暴落させたとか、メインはアメリカと日本の外注で受注品を生産する産業構造になってるから、需要の急減でそれら注文が急にピタッと止まって、金が入ってこないのに、給料をもらう人手だけが大量に余り、やむを得ずリストラをガンガン進んでいて、もしくは無給休暇の強制とか。根本的な原因は違うけど、まあ見た目はアメリカと一緒ですね。それでアメリカの解決策を持ってこれば、台湾の問題も解決できると勘違いする人も出てきます。困ったものです。

2009年5月1日・労働者の日のニュース映像。
「反失業」という訴求で失業者中心のデモが行なわれ、
警察と衝突、流血に発展。

そこで振り向くと、制限され禁止されたのもかかわらず、この十年間で中国とできた癒着が、もしかしてこの吹き荒れる金融危機の波に乗り越えられる、手元にある唯一の切り札カードかもしれないんですが。
渡辺: それでいいのかどうか、ちょっと考えてしまいますけどね。
リン: ね。結局、台湾工業の発展は、厳密に言うと実は加工業止まりだったということを、まずきちんと認識する必要があるのです。国内のマーケットが狭いため、自ら需要を作り出すことが困難で、国外の需要がなければ、注文がなければ金も入ってこない、生きていけないのです。
90年代半ばまでには、まだ経済の実力が厚く、中国をはじめた諸外国と対等に対峙したり、交渉するパワーがありましたけど、そこで国内の需要が無ければ、外国で主導権を握って作り出させることも可能だった。でもこの空回りした十年で、諸外国と駆け引きできるモノはもうなかった。ここで金融危機がきて、残された道はできるだけに諸外国の期待、そして中国の期待にちゃんと対応するしかないと思いますが。
では、何と期待されているかというと、80年代後半、民間レベルで中国との交流再開した時からそうなってたと思いますが、台湾は世界から中国進出の橋、代理人か貿易の中継点として期待されてるんです。日本からは、まあ、いい友達になってくれとかも含めて期待してるのではと思いますが。
なんというか、「中国では未開の市場ひろびろ!」という感覚で世界の国々は中国進出に踏み出そうとしてるが、中国人はやはり謎に包まれていて……昔々「ノックスの十戒」では「中国人は登場させてはならない」とかあるじゃないんですか、中国人は超能力が使えるのです(笑)まあそれは冗談だとしても、信頼に対する中国人の感覚、中国内部の法律や行政などは、諸外国から見るといまだにいろいろと不透明で、不確定性たっぷりですしね。
それと比べて、台湾社会は開放していて法律も透明、台湾会社の管理と生産技術のレベルも、今まで数十年間の取引で信頼できる。そして何より、見た目は中国人と変わらない。んで気付けばアレ同じ中国語をしゃべっているのではないか、と。それはそれは頼めるんだったら、頼みたくなるのでしょう。
なのでこの立場をうまく活用していけば、期待された通りに諸外国の中国との橋というか、弁として成り立っていけたら、「生き残れるチャンス大」、だけではなく、再び主導権を握られることもあるかもしれないんです。
それは今からでも遅いぐらい、ちゃんと貿易中枢としてのハードとソフトなどのインフラ整備、そして中国との関係を今までの遅れを取り戻すようにきちんとつなぎ直す必要があるのです。今からだと、確かに90年代より立場的には不利になってますが、今まで鎖国状態の中国からにして、生産者として世界のマーケットとつないでる台湾はやはり貴重。また今は「中国のお金持ちの消費力がすごい」とか言ってますが、国としての中国から国としての台湾を見ると、台湾はまだまだずっと金持ちなのです。台湾の資金も期待してるから、政治の関係がこう着のままでも、経済的にはWin-Winの関係は、台湾人の手に資金がある限り、まだまだ築ける余地があります。
たださっき「地図から消えてしまう可能性」と言ったのは、この立ち回りをうまくやらなければ、主導権やら主権うんぬんをぬかしてるうちに、そのまま中国の一部になってしまいます。香港を見ると、すごい危機感を抱いてしまうんです。
今までは、台湾は地理においても世界経済においても、いい位置にいることによってすごく得してきたんですよね。でも、これからの情報伝達がネット経由で居場所に関係なく瞬時にできるようになってしまいますと、この十年で中継点としての地位をちゃんと樹立できたなかった台湾は、実に危うくなっているのです。日本や韓国みたいに、自分の取って代われない技術をちゃんと持っていればまだいいけど、持っていないので、すぐこう取って代われるようなところだと、いつまでもポジションが変えられない。自分の運命を、決められずに変えられない。
台湾では選挙の時、よく「台湾の運命はあなたの一票で決める」のようなキャッチが聞こえますが、皮肉なことに、そのようなフレーズを繰り返しているうちに、台湾の運命はすでに台湾自身が決められるものではなくなったと思います。決められた役をちゃんと演じられるかどうかで、世界地図でこれからどう存在していくのを決まってしまいます。役立たない意地を張ってる場合ではないのです。
本文とあまり関係ないけど、2008年台湾総統選のCM集です。
国民党・民進党両陣営の分とも入ってます。

少し話しが変わりますが、自分は日本に期待していますよ。アジアでは、中国以外でまだ自分で自分の運命を決められるのが、たぶん日本だけだと思いますね。去年の年末から韓国はもうぼろぼろですし。だから今、日本語でこうして喋っているわけです。そうでなければ今年からはきっと英語をちゃんと勉強しますよ。
個人的には英語の、アメリカ中心の世界に飛び込みたいとは、思わないんですからね。だけど台湾に立っている以上は、アジアか欧米か、どちらかにちゃんと文化的につながりを持っていかないと、消えちゃうと思います。今は、日本に賭けてるところかな、私。
渡辺: 第二次世界大戦後に構築された世界経済が今がらがらと崩れはじめているわけです。もちろんそこで中心となってきたアメリカの凋落がひどいわけですが、完成された資本主義をいきなり持ち込んでスタートした台湾は、もっと強い衝撃を受けると同時に、実は柔軟さ、変わり身の早さも発揮するのではと期待してるわけです。新しいシステムはアメリカによって提示されるのか、それとも勢いのある中国やインドあたりを中心に再構築されていくのか。台湾からなら、その答えがいち早く見えて、いち早く対応できるのではないかと。
リン: 見えなかったら消えるかもね(笑)今までの台湾は、もう徹底的にアメリカ式の資本主義じゃないですか。しかしアメリカの資本主義の影響を受けながら、現在は同時に中国のネットワークには入ってるということですね。これは珍しい現象であり、貴重なことなんですね。
渡辺: 台湾は戦後、国連からは抜けてしまいましたが世界の金融市場には積極的に入ってきた。そしてがんがん工場を作っていったわけです。資本主義の王道を突き進んだというわけです。その資本主義の崩壊とともに、だから、産業構造を変えていかざるをえないわけですよね。
それにあたっての強みは、アメリカとアジア両方が、古い世代と新しい世代両方が、そして共産主義と資本主義の両方が、さらには経済と文化の両方が見えるところだと。思います。
リン: でもシステムが崩壊するとは言え、既存のシステム自体が使えないと思わないんですね。ただ業種が分かれていくんですね、適してる業種と適しない業種と。適しない業種だったらどうする、っていうのは今の課題です。しかも今見えるのは、適しない業種だと、また選択肢が固まってないですけど、たぶんまだいくつかあるのですよ。同じ方向に向いても、たぶんやり方が全く違ういくつか存在しているのでしょう。
そこをちゃんと認識できないと、すべて何もかもまだ昔のような、とりあえず会社を大きくしましょうというだけの目的だったら、台湾ではもうこれ以上大きくなることができないから、みんな廃業、もしくは店を畳む、店を畳んで中国へ行ってみて会社を起こして大きくできるかどうかを試して行ってはい失敗しましたとかの結果にしかならないんですね。


【つづく】


渡辺浩弐×林依俐 
対談・「宅」の密室からつなぎ合う世界へ
次回「中国の強さとは」は
2009年6月1日更新予定です
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