第3回:進化する個人、そして社会

リン: 「ひらきこもり」とは渡辺さんは本の中で「部屋にひきこもりながら、世界とつながり、自己実現していく生き方」というふうに説明されていますが、その独特のライフスタイルが可能になったのは、インターネットを軸とするデジタルメディアの普及があるわけですね。
渡辺: そうです。過去の「職人芸」とか「おたく」とは、その部分が特に違うところです。「ひきこもり」がデジタルの力によって進化していく形態、と言っても良いと思います。
本来、職人的なこだわりは経済効率や採算性を計ると許されないわけです。商品の価格にとらわれずに手間と時間をかけてしまう美学ですからね。ところが、そこにデジタルの魔法が入ると、途端に報われるものになる。個人でとことんこだわって仕上げたものを、一瞬の後には、同じクオリティーで、全世界に拡散させることができるわけですから。
そして、この「デジタルの魔力」が、個人から始まって社会を、世界を救うという考え方なんですね。
リン: そのあたり、ちょっと詳しく説明してもらえますか。
渡辺: 巨視的に見ると、今もっと大事なのは、20世紀型の資本主義がもう無効になってしまっているということです。
現在に至る金融市場が成り立ったその源流をたどっていくと、もう二百年以上も前にイギリスから起こった産業革命に行き着くんです。植民地政策によって原材料は世界から集まる、そして売り先も世界にある、という状況の中で製造機械が発明される。と、いかに製品を大量に生産して売りさばくか、という考え方が生まれるわけです。できるだけ早くできるだけ広い土地を確保して大きな工場をぶっ建てて、できるだけ大勢の労働者を集めて大量生産を始めたら、それで市場を圧倒できる、勝者になれるというわけです。そのための元手となる金を広く世間から集めよう、というのが株式市場の原理なんですね。
つまり、土地が、その面積に比例して価値に置き換わったのが資本主義なわけです。土地が、製品を製造するための工場になる場所だからです。倍広ければ、製造ラインは倍に増やせます。
しかし、デジタルの時代になると、その考え方は一気に無効になります。バーチャル空間の中では土地の広さやビルの高さに全く価値がありません。その位置にも意味はなくなるんですね。
コンピュータ・ネットワークの中に3DのCG(コンピュータ・グラフィックス)で自分の部屋を作るとします。それは四畳半にしてもいいし、100坪にしてもいい。あるいは台湾島くらいの大きさにしてしまってもいい。それらはただの数値の問題であり、価値にはならないんです。
そしてそれを東京のサーバーに置こうがニューギニアのサーバーに置こうが、本人にとっても、訪れる人にとっても全然関係ないことなんです。
ITの本質的な凄味とは、本当はそういうところにあると言えます。大きな組織やビルディングがなくても、各種情報機器やネットワークを使えば、自宅で、個人でどんどん仕事ができてしまう。巨大なシステムの必要性が希薄になるわけです。逆に言うと、巨大であることの優位性は、なくなっていきます。
生産だけではなく流通においても、メジャー企業の強みはなくなります。
例えばお酒を買おうと思い立ったとき、どうするか。これまで最良と思われてきた方法は、できるだけ有名な店に足を運んで並んでいるものの中から選ぶ、という形でした。
これからは、ネットにアクセスして、その時点で一番安くて早くて確かなものを届けてくれるところで買うということになっていくわけです。その場合、大きなデパートのサイトと、個人が運営している通販サイトが同等の立場に並びます。
お酒の銘柄の選択においても、同じことが言える。すでに名の知れ渡ったものの中から選ぶだけでなく、日々ネット上に書き込まれていく情報を読んで、自分の好みに合ったものを探すようになります。全く無名の、例えば小さな蔵元の少量生産の酒でも、自分にはこれが一番! というものを見つけて、買うようになっていくはずです。巨大企業がむさぼっていた利権が、どんどん消えていくわけです。
同様に、土地を持ってるから安心だとか、一流大学を出てるから、あるいは一流企業に勤めてるから安泰、なんてこともなくなっていきます。出自や所属に関係なく、その時点で一番ビビッドな奴がいきなりトップに立つことになります。とすると、他人に指示されて勉強したり鍛錬したりすることより、自分一人で、自分に向いたジャンルを見つけることがまず、とても大切なことになってくるんです。
リン: 大企業がどんどん倒れていくという状況が、ひどい不景気のせいの出来事として世界で報道されているわけですが。
渡辺: サブプライムショックは、資本主義の疲労骨折です。それ以降の世界恐慌は、単に景気の変動では説明しきれないものです。
100年に一度の不景気なんて言われていますが、そんな生半可なことではないんですね。人類の経済が完全に生まれ変わること以外に、方法はないんですよ。
じゃあ、どう、生まれ変われるかということになるわけですが、企業の存続のためにお金を集めましょうとか、改革のためにお金を使いましょうとか、いや世間にお金をばらまきましょうとか、そういう考え方自体がナンセンスなんです。答えはその次元には、ない。
大事なのは、個人の力、ひとりひとりの発想、アイデアだと思っています。そういうものを、大きな経済と直結する仕組みがまず、必要な気がしますね。


【つづく】


渡辺浩弐×林依俐 
対談・「宅」の密室からつなぎ合う世界へ
次回「台湾から見る世界の今」は
2009年5月18日更新予定です
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